ほとんどの企業が弱者

経営戦略の一つにあるランチェスターの法則は、第一次世界大戦の空中戦の資料を元に、飛行機の数と損害の程度との関係を計量的に捉え、分析して確立した法則といわれる。このランチェスター経営によれば、経営「強者」であることの条件は次の3つとされる。それは①市場で1位であること、②売上高や販売数量で2位との差が1.7倍以上開いていること、③26%以上の市場シェアを持っていること。この3つを全て満たす企業はそうそうないのは明らかで、従ってこの経営によれば、ほとんどの中小企業は基本的に「弱者」と考えなければならないことになる。

まずそのランチェスター経営における弱者の戦略とはどういうものか見ていこう。結論からいうと、上記にあるようにほとんどの弱者が、他社と徹底的に差異化を図り、短時間でナンバーワンを目指すには、特定の領域に絞り込んで1位を目指すというのが、その戦略の要になる。

事業の領域を絞り込むということ

その絞り込みには具体的に①商品、②エリア、③客層、④営業、⑤顧客維持―の5つの視点が一般に提唱されている。その各視点を簡単にいうと、
①商品
専門性や特殊性の高い商品に絞り込んだり、特化したりする。大手が手を出しにくい領域であれば効果的。自社の強みが生きない商品や大手と真っ向から勝負するような商品は避けたい。
②エリア
営業エリア、商圏を限定する。特定の商圏で圧倒的なシェアを獲得し、大手に勝とうとするもの。商圏を絞り込むことによって営業担当者を集中投入でき、きめ細かな顧客対応も可能になる。
③客層
客層ターゲットを絞り込む。高齢男性向け、30代女性向けなど、アピールする対象を限定することで、顧客ニーズを深く追求でき、結果的に大手に対して参入障壁を高めることができる。
④営業
手間はかかってもエンドユーザーに直接アプローチし、的確な提案営業をしていくことを「接近戦」と呼んで、中小企業の取るべき戦略として推奨されることが多い。
⑤顧客維持
顧客に丁寧に対応することによって囲い込みを図り、リピーターにする。これも「接近戦」の一つ。

昔から伝えられてきた近江商法

しかし、わざわざランチェスター経営を取り上げるまでもなく、日本には「近江商法」という、近江商人が代々大切に受け継ぎ、守ってきたものがあった。近江商人といえば、すぐ近くに大阪商人という強力なライバルがいて、生き残りを模索してきた。東海道を拠点にした大阪商人と同じ土俵で戦っていたのでは勝ち目のない近江商人は、中山道など大阪商人があまり進出していない地域に絞って商売をすることで、商圏を切り開き、後の繁栄に導くことができたとされる。

このことからも経営の原理原則は昔から大きく変わっていないともいえる。むしろ、市場が拡大する時代が終わり、環境としてはかつてない厳しい時代にあるとされる今の時代だからこそ、ランチェスター経営が提唱するような競争戦略の原理原則に立ち返る必要があるのかもしれない。一方で、インターネットやスマホの普及により、中小企業でも、さらに起業したばかりであっても全国や、世界を相手に商売ができるようにもなった。そこでも万人向きではない特殊な製品だからナンバーワンになることができる。ますます絞り込みが生きる時代にあることを活かさない手はないともいえる。

弱者が成功を収めた時

企業が経営危機に陥る原因の一つが、「経営者が傲慢になったとき」といわれる。これを戦略論に置き換えると、「弱者の戦略」でせっかく成功を収めたのに、これを過信して、「強者の戦略」に切り替えてしまうことと捉えることができる。強者でさえ、容易に弱者に変りうる時代。弱者の戦略で基盤固めができたのであれば、さらなる成長を目指しながら、市場や顧客範囲で一つ上のステージの弱者の戦略を実施し続ける。こうして弱者の戦略を何度も回していくことが必要とされている。

改めて振り返ってみる経営者の使命

最後に経営の神様とされるピーター・ドラッカーの言葉を紹介しておく。ドラッカーの著書の一つ「チェンジリーダーの条件 みずから変化をつくりだせ!」の中で、ドラッカーは「企業の目的は顧客創造である以上、企業の基本的な機能はマーケティングとイノベーションの2つしかなく、そのほかはすべてコストだ」と書いている。マーケティングは、顧客を起点とする「売れる仕組み」のことだ。顧客ニーズに対応して、満足を提供する企業活動の全般を指す。

時の流れの中で既存商品の価値はやがて陳腐化し、劣化していく。顧客満足を継続していくためには、新しい価値や満足を生み出し続けなければならない。これがイノベーションだ。イノベーションとは企業の将来に向けて顧客のニーズを作り出していく活動のことを指す。マーケティングとイノベーションの機能をどこまでも最大化することが経営者の使命なのだ。これを肝に銘じておけば、傲慢になる隙などは生まれないはずなのだが。

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