初期投資と運転資金に分けて考える

「いったいどれだけ資金を用意していれば起業できるのでしょうか」と起業に関わる相談ではよく聞かれる。手元資金は多ければ多いほど安心なのは当然の話。でもこれから事業として何に取り組むのかによっても必要な資金量は異なってくる。初期投資は携わる事業によってある程度計算はできても、運転資金は当初考えているよりも多く要することがほとんどなのではないだろうか。早い話、「やってみなきゃ分からない」のが正直な回答になるだろうか。でもこれでは質問者に対して回答したことにはならないので、以下にもう少し詳しく考えてみる。

まず個人事業主で始めるのならともかく、会社形態にする場合には会社の登記費用が必要になる。株式会社の場合登録免許税だけで15万円、合同会社の場合なら6万円は最低必要だ。その上で、先ほども少し上げたように開業資金として初期投資のほか当面の運転資金についても考えなければならない。初期投資とはオフィスや店舗の保証料、内装工事費、備品購入費などで、製造業であれば設備機械、小売業であれば開業時の在庫仕入れ代金などが加わってくる。運転資金は事業を運営していくのに必要な毎月の仕入れ代金、人件費、家賃、光熱費などだ。開業資金を節約したいなら、レンタルやリースの設備や備品を利用したり、社員を採用する代わりに必要に応じてアルバイトを採用したり、家族に手伝ってもらったりといったやり繰りが必要だ。

運転資金の予測は慎重に

冒頭でもお話ししたように、初期投資はある程度見積もることはできても、運転資金はなかなかそれが難しい。というのは予期しなかったことが頻々と起きるからだ。誰もが開業後、事業がスムーズに立ち上がると見込んで事業を始める。しかし、そうはなかなか行くものではない。これは他人がいくら話しても、事業をこれから起こそうと考えているものにとってはなかなか分かりづらいものだ。私もそうだった。売り上げが「確実」と思っていたほどには立たないことなど、自信を持って起業に臨む本人には他人がどんな忠告を与えてくれようとしても、なかなか嫌な現実ほど実際に自分の目で見るまで分からないものだ。

仮に売り上げが順調に立っても、資金繰りとの兼ね合いも考えなければならない。一般の顧客を対象にした、毎日売り上げが計上されるような商売なら良いのだが、企業間の取り引きがベースとなるような事業なら、売り上げが立ってから実際に現金化するまでに3か月はかかるのが普通だろう。それらを考えれば、運転資金は最低でも6か月分は用意しておいた方が良いのではないだろうか。

7割弱が「100万円未満」

では実際に起業に際してどの程度の費用が必要とされているのか、日本政策金融公庫が発表した調査を基に見てみよう。同公庫の「2019年度新規開業実態調査」によれば、開業の前後で受けた融資額の平均値は1055万円、中央値は600万円となっている(平均値は全データを足し合わせ、それを全体の数で割った値。中央値は全データを小さい(または大きい)順番に並べて、真ん中に来る値)。これを5年前の数値と比較するといずれも少額になっていることが傾向として掴める。また、開業費用の内訳は、「500万円未満」が40.1%、「500万円以上1000万円未満」が27.8%、「1000万円以上2000万円未満」が20.6%…となっており、「1000万円未満」の費用での起業者が全体の3分の2以上を占める。ちなみに開業時の従業員数の平均は3.6人だ。

さらに同公庫の「起業と起業意識に関する調査」では開業前後に融資を受けていない人のデータも見ることができる。これによると、開業費用は「費用なし」が28.3%、「「50万円未満」が30.0%、「50万円以上100万円未満」が8.0%となっており、結局「100万円未満」の割合が全体の66.3%を占める。そして、開業費用を自己資金だけで賄った人の割合は71.8%にも達している。ちなみに、営業場所については「自宅の一室」及び「自宅に併設」の合計が58.2%で、半分以上の人が自宅を拠点にしている。組織形態では「個人企業」が全体の86.5%で、「法人」は13.5%に過ぎない。

自己資金で足りない場合は…

開業資金はできるだけ抑え、自己資金で賄うのがベストであるのは当然だが、どうしても自己資金で足りない場合はどうするか。不足分の調達先としてまず思い浮かぶのは親や兄弟などの身内であるのが多いだろう。身内ならお金の貸借に際して事業の成否を事細かに精査されることも少ないかもしれない。しかしたとえそうであっても、借用書や返済計画書などは必ず用意して、甘えが生じないようにすることが事業の成功にとっても不可欠だ。

次に金融機関からの借り入れがある。先の日本政策金融公庫の創業者支援を受けるのもいいし、それ以外にも国や都道府県が行っているさまざまな創業支援制度を利用するのもいい。ただ、こうした公的機関から借り入れる場合でも、融資には当然低利であっても利息がつく。決して無利子ではないので注意が必要だ。このところ新型コロナによる無利子の助成金などに慣れた立場からすれば、「えっ」と思う向きもあるかもしれないが、これが本当なのである。これから事業を立ち上げようとするなら甘えは禁物だ。どうしてもという場合は、借入ではなく、出資を募るという方法もある。例えば、開業に必要な資金が1000万円必要なのに、自分で用意できる資金は800万円しかない場合、残りの200万円を出資してもらうのだ。出資なら融資と違って返済義務はない。但し、出資を受け入れた際は、その比率に応じて出資者は株主として経営に関与する権利を得ることになるので、出資という手段を使うかどうかは総合的な判断が必要になる。

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