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今、注目される福岡市
地方にあっても元気な都市はあるもので、福岡市などはその筆頭格に挙げられる。同市は昨年5月時点で推計人口が160万人を超えた。市制が施行された1889年に人口5万人強から始まり、政令指定市では横浜市、大阪市、名古屋市、札幌市に次ぐ160万人超えとなった。人口の増加数と増加率は政令市の中でトップ。市が予測していたより8年も早く160万人に到達したのだそうだ。
九州各地の若者の受け皿になっているその福岡市は起業支援や企業誘致にも積極的で、昨年11月には通信販売大手のジャパネットホールディングス(長崎)が東京の拠点機能の一部を福岡に移転することを発表した。街には「天神ビッグバン」と「博多コネクティッド」の2大プロジェクトがあって、九州の玄関口であるJR博多駅前のエリア開発が進められている。
腹を据えた改革で乗り切った
高島宗一郎市長は就任時にまだ30代半ばだった。それまでの歴代の市長の重厚なイメージとはかけ離れたイメージに、「お手並み拝見」どころか、否定的な感情も多い中での船出だったと言われる。市長になってからさまざまな改革に乗り出し、行財政改革は職員数の削減、未利用地の売却、公共財の使用料の値上げ、目的が薄らいだ公共施設を廃止したり、補助金の削減、外郭団体との契約にも競争入札に切り替えるなど、聖域なしにどんどん進めていった。もちろん、そのことに面白くないと思う者も多くいたはずで、相当腹を据えてかからなければならなかったはずだ。
周囲のほとんどが「年上の部下」という環境の中で高島市長の念頭にあったのは、「結局、組織の中で認められるというのは、どれくらい仕事に対して真剣なのか」ということに尽きると自著の中で振り返っている。「もし、自分が手を抜いていたりあまり考えていなかったりしたら、年上はおろか、年下にさえ見透かされ、組織を動かすことなどできないでしょう」と。「しかし、誰よりも真剣に考えていれば、そもそも年齢や立場などはまったく気にならずに議論ができます」。高島市長もそうして、萎縮したり、自分の意見を言わなかったりということはなくがむしゃらに走ってきた。
居眠りの効用に挑戦
その高島市長が今、コロナ下でテレワークを導入する企業が増えたりして、慣れない生活で睡眠不足になるケースも少なくない状態に対応して、「オンラインねむりの相談所」というユニークな試みを期間限定で開設した。仕事中の居眠りを“さぼり”とみる風潮は根強くあるが、福岡市は老舗寝具メーカーの西川と共同で、昼寝を“充電”として前向きにとらえて、企業に推奨する運動を展開しているのだ。英語で昼寝を意味する「ナップ(nap)」とパワーアップを組み合わせて「#パワーナッププロジェクト」と名付けた。働く人々の睡眠不足を解消し、健康づくりを支援する全国初の試みだという。
アドバイザーを務めている西川のスリープマスター(西川が設けている眠りのプロフェッショナル。睡眠科学や快適睡眠などの専門講習を受けている)は、「出勤・退社のオン・オフがないと生活のリズムが整わずに睡眠不足になりやすい。昼寝は夜の睡眠が足りない時に補助するもので、眠くなくても目を閉じるだけでパフォーマンスが向上する」と説明している。約1年前からこのプロジェクトを導入している福岡市内の会社では、実際眠気を催した社員は15分間寝ることができ、その間は電話も取り次がなくてよいのだという。社員が昼寝をするようになって、その会社ではミスや残業が減少し、全員退社後の会社の施錠時間が午後7時から午後6時10分へと50分も早まったそうだ。
官も利用して新しい社会に向けた取り組みを
このプロジェクトは、福岡市が人生100年時代に向けて、持続可能な社会をつくる100の挑戦を進める「福岡100」の一つで、現在155社が参加する。同市のアンケートによると、回答した397人の45.5%が以前に比べて休養感が改善したそうだ。また、仕事の能率も「やや向上した」も含めると41.4%が効果を実感している。
自治体としても異例の試みだったが、高島市長は「タブー視されがちな職場での仮眠を推進したい。官民のタッグで眠りに注目することで、街としてのパフォーマンス向上にもつながると期待している」と語っている。
企業の立場からすれば、これまで行政は「邪魔にならなければよい」程度にしか考えてこられなかったかもしれない。白状をするが、実は私がそうだった。しかし、こうした挑戦を始めている行政があることは心強く感じる。特にスタートアップが生み出す新しい製品やビジネスは、うまく軌道に乗せるためには行政の力なども理解し、利用するぐらいの気持ちでいることが大切になる。ものすごくいい車をつくっても、法律のせいで公道を走れなければ売ることはできないのと同じで、「この製品で、このサービスで社会を良くするのだ」と息巻いても、それが社会で実際に利用されるためには法や規制、社会の慣習などを緩和する道筋をつけない限り、何一つ動かないこともあるだろう。
「いかにして実現するか」-これまでの発想の枠を越えた取り組みが求められる。