【目次】
北極星のごとく
論語に「政を為すに徳を以てすれば、たとえば北辰のその所に居て、衆星のこれに共するが如し」(政治を為すに仁徳を修めてやれば、うまくいくに違いありません。たとえていえば、天空の中でじっと動かない北極星がすべての星に取りまかれて両手を合わせるように礼儀されているのと同じです)とある。経営者たるもの、決して上から目線というのでもなく、特に権力を振りかざさなくても、従業員からは自然とある種の尊厳を持って迎え入れられたいと誰しもが思うところだろう。それが実現できればどれだけ普段の経営も楽になるだろう、などと取り留めもないことを考えたりする。
その経営者の人となりが普段の経営で最も現れるところは、従業員たちが何かの選択に迷って、経営者の意見を仰ぐ時ではないだろうか。その時、経営者が何を基に裁断を下すのか従業員たちだけでなく、顧客や企業を取り巻く利害関係者はじっと見ていて、経営者やその企業が本当に重きを置く基準は何なのかを知ることになる。普段から口で言っていることと、実際にすることが異なることだってあり得るからだ。経営者がいくら格好の良いことを言っていても、「なんだあれはただの出まかせだったのか」ということになってしまう。経営者なら何気ない言葉遣いにも気を配らなければならない時代なのだ。
決断と判断の違い
その経営者が下す裁断にも似て、プロ野球でも「決断」と「判断」がまったく異なるものであることを言ったのは、プロ野球のヤクルトを始め数々のチームの監督を務めた野村克也氏だ。野村氏曰く、「『決断』とは賭けである。何に賭けるか根拠が求められる。また決断する以上、責任は自分で取るという度量の広さをもたなくてはならない。一方、『判断』とは頭でやるものだ。知識量や修羅場の経験がものをいう。そこで求められるのは判断するに当っての基準、根拠があるかどうかである」。野球でいえば、選手の起用や代打、投手交代など選手の抜擢などには完全に判断能力が求められるという。
言わば、「頭でする判断に対して、決断は腹でするもの」というわけだ。私なりに解釈すると、「判断」はいろんな情報をもとに、それを分析することで「正しく」導くもの。特に経営者だけに求められるものではなく、従業員一般もそれぞれの立場で判断して仕事を進めなければならない。一方の「決断」には、限られた情報をもとに未知の部分はあるものの、「自分を信じてついてこい」というリーダーシップが求められる。野村氏はいずれにしても、「その『決断』や『判断』を磨き上げるには、技術、論理を修めていなければならない。そしてじっと結果を待てば、と自ずと選手もフロントもうまくいくものだ」と話す。
決断に必要な根拠
今、VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)の時代と言われる。ビジネスの現場においてはテクノロジーの進歩は急速で予測は困難とされ、世界の市場は新型コロナウイルスの感染拡大に依るまでもなく、不確実性や不透明性を増している。この不安定なビジネスの状況に対応するために「リーンスタートアップ」といった手法などが注目されている。これはコストをかけずに最低限の製品・サービス・機能を持った試作品を短期間で作り、顧客の反応を的確に取得して、顧客がより満足できる製品・サービスを開発していく手法のことだ。できるだけリスクを小さくして、変化の流れに乗ろうとする動きの一つだ。
こうした手法に必要なのは、どちらかと言えば「判断」より「決断」だろう。情報が十分にあるわけではないところで、経営者の裁断が求められる。誰もが正解など分からないところで、従業員が経営者の裁断に一致団結して臨めるかどうかは、「あの人が言っているからついて行こう」などといった人格によるものでなければ、普通、その裁断に当たっての根拠が大切になる。普段から「顧客第一」と掲げているのなら、それで「今年度の目標が達成できそうだから」ということより、「顧客の要望がまさにそこにありそうと分かっているから」といったことが拠り所になる。
根拠を社会に問う
このようにいざという時に、経営者やその企業がどういう裁断を下すのかがとても重要になってくるが、そうした機会にとても多く出くわすのがこれからの特徴だろう。昨日までしていたことが今日通用するとは限らない。まさに「常在戦場」という言葉を思い起こさせる。従業員や顧客、その他の利害関係者全体に、経営者や企業がどっちを向いてビジネスを行っているのかが常に試されているということだ。それは経営者や企業に緊張感を与えるが、逆に言えば、常に自分たちがやろうとしていること、目指すもの、社会における役割などをアピールする機会が与えられているということでもある。
自分たちがビジネスを通じて何をしようとしているのか、それぞれの商品やサービスを通じて社会のどのような問題を解決しようとしているのかといった情報を発信することで共感を生むことができれば、そのビジネスの非常に強い後押しにすることができる。大企業だから有利なんてこともない。むしろ中小企業がこの先生き残っていくには必須の視点だろう。大企業の問題としてならともかく、いつも中小企業の問題としても必ず出てくる「生産性」や「効率性」より大切なのではないか。これからの中小企業の社会における存在意義に周囲も期待している。