【目次】
さまざまな契約関係
皆さんはそれぞれ仕事で取引先とどのような関係を築いておられるだろうか。繰り返し商品を納入してもらっているところなら、身内のように親しい関係であるかもしれない。私の父が経営していた町工場では、当時私はまだ学生で父の仕事に無関心だったこともあって詳しくは知らないのだが、ほとんどの取引先と親戚のような付き合いであったように記憶している。だから冠婚葬祭のようなことまで、父は取引先も巻き込んで、間を行ったり来たりしていた。父の町工場は今はもう解散してしまってないが、取引先との付き合い方では今でもそんな感じを残しているところも多いのではないだろうか。
一方、取引先との関係で思い出されるのは、かつてカルロス・ゴーン氏が鳴り物入りで日産に乗り込み、取り組んだ再建計画、日産リバイバルプランの衝撃だった。その挑戦的な目標数値をコミットする仕方にも、何かとんでもない経営者が現れたという思いを強く持ったものだったが、彼が取引先(だけではなかったが)に見せたドライなまでの姿勢を、当時まったく部外者であった私でもドキドキしながら成り行きを見たものだった。何しろ「コストカッター」の異名をとるゴーン氏の手腕に、日産と取引のあった部品メーカーは例外なく窮地に追い込まれることになったのだから、当時は随分な荒療治のように見られたものだった。
「共生社会」の在り方
それから約20年が経過した。ゴーン氏が行った諸々の施策の背景にあった状況も、現在それぞれの企業が置かれているそれとは当然異なるわけだが、このように一様でない取引先との関係を経験してきた私たちは、今後取引先との関係をどのように学習して、付き合っていけばいいのだろうか。
「共生社会」という言葉がある。もともとは不確かではあるが、これまで必ずしも十分に社会参加ができるような環境になかった障碍者らが、積極的に参加・貢献していくことのできる社会づくりを目指すという趣旨で生まれたのではなかっただろうか。
日本にはかつて地域の相互扶助や家族同士の助け合いなど、生活のさまざまな場面において、ある程度の支え合いの機能が存在していた。今も社会保障制度がその社会の変化に応じて、地域や家庭が果たしてきた役割の一部を代替し、障碍者だけでなく高齢者、子供などの対象ごと、生活に必要な機能ごとに公的支援制度の整備と充実が図られている。
こうした時代の中で、企業の取引先との関係もまた、弱者救済に偏るのでない、長期に渡って互いにWin-Winの関係を築けるような「前向きな共生関係」を築く必要が出てきているのではないだろうか。
無理を聞いてくれるのが良い契約?
今日の企業の意識調査をしたり、見たりしたわけでもないので全体の傾向は分からないが、企業が取引先を選ぶ際の基準としてありがちなのは、「一番値段が安くて、納期についても無理を聞いてくれるところ」といったところではないだろうか。言わば、「自分の都合に合わせて一番自分の言うことを聞いてくれるところ」といったところか。しかし、自分の都合だけで考えれば妥当な要求かもしれないが、相手から見れば、そのために相当な無理をしているのかもしれない。そのしわ寄せをすべて相手に押し付けるような契約を仮に行ったとしても、それは長続きする取引とはならないだろう。
「公平」な契約でないなら、そこからは「パートナーシップ」は生まれてはこないものだ。その場合は逆にこちらが困った時に、あっさりと契約を打ち切られることがあるかもしれないことを覚悟すべきだ。こちらが納得でき、かつ相手にもメリットのある契約をすることで、初めて「信頼関係」が生まれる。万一トラブルが生じても、「ノー」と言わずに手を差し伸べてくれる相手をたくさん作れば、企業も安定するに違いない。特に今は自分が強い立場にあったとしても、いつそれが逆転するかもしれないという時代にあっては、意識すべきことだろう。
長期にメリットを築く
とはいっても、何もいたずらに昔のような関係性を取り戻せと言っているのでもない。ネットで検索すれば、同じ商品でもどこが安く一番提供しているのかすぐに分かる時代だ。契約に「情」を優先させても、商売は成り立たない。契約の際に、「仮にこの企業が身内だったとしても、同じ条件を求めるだろうか」という姿勢で臨むとよく分かるのではないだろうか。今は一番安くなくても、一番自分の求めるところを実現できるものでなくても、長期に見れば最もメリットが生まれる、そういう関係を築けるようにしていけるのであれば、良い契約ができたと納得できるのではないだろうか。
個人と個人との関係を考えればもっと分かりやすいかもしれない。個人間であれば、こちらが真剣であればあるほど、「絶対に守って欲しい」という思いで約束を交わす。その約束がどんなに大事でも、こちらの言うことを一方的に聞かせるような物言いはしないものだ。自分の子供に言い聞かせるのならともかく、相手が友達や自分の大切な人ともなれば、相手を追い詰めるだけの約束など誰もしないだろう。仮に相手が約束を守り、自分の思い通りになったとしても、「もう2度とあいつとは約束しない」と思われれば、それまでの関係性が壊れるだけだ。このことを仕事に置き換えて考えてみるべきなのではないだろうか。