【目次】
社長自らが巡回、点検
かつて私が勤めていた会社では、1か月に1度、定期的に社長自ら幹部と連れ立って「環境整備点検」と称して、職場を巡回、点検して回り始めたことがあった。決しておざなりなものでなかった証拠に、それは丸一日をかけてチェックが行われ、その時の評価が人事評価や賞与の増減にも反映されたことでも分かる。具体的には、部屋や机の上がきちんと整理・整頓されているかどうか、清潔であるかなど、基本的な身の回りの整備が対象となった。当初は「どうしてまたわざわざ」「何か目的がそれ以外にあるのでは」とその狙いを疑心暗鬼の目で見ていた従業員たちも、いつしか賞与にまで影響するとあって真剣に取り組むようになった。
整理・整頓というと、今も小学生の時から指摘されるほど、改めて言うのは憚られるくらいに基本的な行動だが、いざ実施されているかとなるとこれほど心もとないものもない。事実、その時の会社でも社長らが実際に巡回、点検するまでは、職場の乱雑さは目を覆うばかりで、仲間内でも自嘲したりしていた。けれど、それでも決して自分たちからはそれに手を付けようとはしなかった。しかし、実際にそれに着手してみると、これが当然のことながら気持ちが良い。気分的にもスカッとして、日常の仕事までスムーズに進むように思えた。そして実際にそうなった。
戦略に相当する整理、戦術に相当する整頓
ここで整理・整頓について念のために改めておさらいをしてみると、まず、整理とはモノの要否を判断して不要なものを捨てることだ。これは単なる片付けに通じるだけではない。経営の視点から見ても、「整理は経営における戦略に相当する」というのは東京にある中小企業の経営コンサルタント。同氏も整理・整頓の大切さを事あるごとに訴える一人だ。「経営において何より難しく、そして重要なことは、今までしてきたことを止めるという判断だ」と話す。「会社を経営していく上で、自社の強みがはっきり分かってくることもあるだろう。そんな時、経営者に求められるのは経営資源の集中投下。整理という作業を通じて、勝算のあるものに賭けるために、それ以外のものを捨てる度胸を養うことにつながる」。
一方、整頓とはモノが使いやすいように、それを置いておくための定められた位置を決め、置き方を工夫することだ。これも経営の視点から見ると、戦術に相当することになる。「集中すると決めた商品やサービスのターゲットをどこに置くか、これが戦術に他ならない。モノの整頓を通じて、それを日頃から訓練できるのだから、そう考えると整理同様、整頓にしてもバカにはできないでしょう」と先のコンサルタント氏は真剣な表情で訴える。実際に、同氏は毎朝の30分を整理・整頓に気を配る時間として、コンサルタントの顧問先に提案を続けているそうだ。
評価基準は最初は甘く
ただ、いくら整理・整頓が大切とは分かっても、なかなか実行に移し、しかもそれを続けることの難しいのは人としての常。そのための秘訣を考えるといくつか挙げられることが分かった。
まず第一に、先の例でも述べたように、社長自らが本気になること。社長自らの目できちんと従業員たちが実行しているかどうかを確かめることだ。なかなか「今後気を付けます」といった口約束程度では習慣化するのは難しい。
第二に、これも例に挙げているが、従業員たちが実行した整理・整頓をきちんと評価し、できればその評価を人事や賞与にも反映させることだ。ここまですると、やっと従業員たち
も必死で取り組もうとするだろう。
ただ、いくつかの注意点を挙げるとすれば、最初から評価基準を厳しくし過ぎないことが大切だ。先行する企業の中には、評価の点数を120点満点に設定しているところもある。120点満点だと、仮に20点減点されても100点ということになる。子供騙しのようでもあるが、要は気の持ちようだ。
最初から厳しく接すると、従業員の中には気持ちが折れてしまう者も出てくる。このため、高得点が容易に出せるように、採点基準を最初は甘くし、全体的に平均点を上げる試みを実施するのだ。その程度の工夫は必要かもしれない。
他部署の動向についても関心を持つ
ある会社では、各部署の整理・整頓の評価は、必ず他部署の幹部が行うことにしている。これは評価の徹底という狙い以外に、従業員に他の部署を見に行かせるという意図も含ませているのだという。何故だろうと思って、その会社の社長に理由を問うと、「儲かっていない会社ほど、他部署の動向について無関心だから」という社長の危惧があった。そう言われてみれば、かつて私の身の回りにも、「他部署のことは見たことも、足を踏み入れたこともない」という従業員がとても大勢いた。そして、そのことをさも当然のようにしているのだが、これは考えてみればとてももったいないことでもある。
会社では整理・整頓の例に限らず、さまざまな業務改善が試みられるが、その最も効率の良い方法は何だと思われるだろうか。それは自社における成功事例の真似だ。自社の成功事例の真似なら、身近で実践しやすい。良いところを真似してやろうとすれば、自然と従業員の観察力も増してくる。そして、真似された部署の従業員にとってもモチベーションがますます上がることにつながる。これらの動きが広がれば、業務改善も全社的に横展開が進むことになり、その動きは自然にどんどん加速していくというものだ。