【目次】
従業員の視線の先
成長している会社にはどこか従業員がピリピリしていて、社内全体にピンと張りつめた雰囲気が漂っていることが多いように思う。先日訪問した会社はまさしくそんな感じだった。その会社は建設業界にあって、新たなビジネスモデルを提唱し、業績は飛ぶ鳥を落とす勢いにある。私が一歩玄関を入ると、そこにいた従業員たちが一斉に振り向き、「いらっしゃいませ」と挨拶をしてくれた。社内を案内してくれる際も、動作がきびきびしていて無駄がない。しかし、一方では笑顔も溢れていて、決して何か上から無理やりに働かされているといった感じでもない。
その日の帰りに、その会社の社長にこの印象を語ると、「従業員たちが優秀なんですよ」と嬉しそうに話していたが、話を聞くうちにその秘密が分かったような気がした。それは、一般的な会社に有り勝ちな、従業員の意識が社内に向いているのでなく、社外に目が向いているということだった。つまり、業界における競合の動き、顧客の変化、その普段接する声、業界に関する幅広い技術の動向などにとても敏感なのだ。もちろん、そういった情報の共有には会社としても力を入れていて、従業員はそれらの動きに対して、「まずい」「何とかしなければ」と考えるようにできている。
「良い」危機感を共有する
いわば、平時においても従業員たちに「良い」危機感が共有できるようになっているのだった。これが業績が低迷し、組織が淀んだ会社だとどうか。かつて大手の事業再生に関わっていた人は、会社が危機に陥っているのに、従業員の危機感が乏しいことが往々にしてあると言っていた。業績が悪いと危機を感じるはずなのに、社内はたるんだ雰囲気が蔓延していることが多いということだった。私も長年の経験から思い当たる節が多い。市場での勝ち負けや、顧客の声には概して鈍感で、負け癖がついているのか多くの従業員は何か問題が起きても「悔しい」「惨めだ」とは思わず、「またか」「いつものことだ」としか感じなくなっている。
今も経験豊かなビジネスマンなら、会社を一歩入ったとたんに、その会社の業績が良いのか悪いのかが分かるというのと同じだ。それでも社内にしか目が向いていなければ、その違いなどに分かるはずもない。ただ、自分たちの目がどこを向いているのか、社内にしか向いていないと思われるのなら、それは要注意だ。そうした会社がある時、自然発生的に急に強い危機感が広がる際には、もはや会社としては成り立たないほどの、末期的な症状を呈している可能性が高い。逆にそこまで行かないと自ら危機感を感じることはできないのだろう。そこに大企業や中小企業の別はない。かつての山一証券もそんな感じだったと伝えられている。
強いリーダーを待望するか
そんな会社でも何かのきっかけで強い改革を訴えたリーダーが現れることがある。彼が優れたリーダーなら、つまり改革を行うにふさわしい力量や覚悟を持っていれば、それが中小企業であれ大企業であれ、たった一人からでも社内の危機感を創り出し、改革に向けた行動を着手していく。皆さんもご存じのNTTに乗り込んだ真藤恒氏、米ゼネラルエレクトリックのジャックウェルチ氏、日産のカルロスゴーン氏、経営破綻した日本航空を2年で再生させた稲盛和夫氏などがその代表例だろう。彼らは言ってみれば、自ら先頭に立って会社に危機感を創り、変革していった。
彼らのやり方を見ていくと、それぞれによく計算された戦略的なアプローチを持って、具体的にどう切り込んでいくのかというアクションを用意し、その上でトップ自らが矢面に立つ覚悟で、既成の組織と既成の価値観を突き崩していった。またそうでなければ、改革の成果を引き出すことは難しかったはずだ。そう考えれば、普通の経営者がいくら「組織に危機感が足りない」と叫んだところで、それだけで社内が変わるはずもない。経営者がいくら「意識改革をする」と狼煙を上げたところで、従業員の行動に変化を起こすことは難しいのである。
広報で社外の目の役割を
理想的なリーダーが現れれば会社は救われるが、中小企業がいつもそれを待っているわけにはいかない。社内に危機感を持たせるのに比較的容易なのは、やはり従業員の目を外に向けさせることである。たとえ管理業務についていても、目を社外に向けることはできる。市場には今どんな変化が起きているのか、同業他社はそれに対してどんな行動をとっているのか、顧客からの声はどうか、それに対してどんな対応をとっているのか、自社にはどんな企業からのアプローチがあるのか、ないのか、それはどうしてなのかなど。そして、何より自分たち自身は市場に何を訴えていくのか。
もし今のままで事業がすこぶる順調に進んでいて何の問題もないというなら私の問題提起自体がナンセンスだろうが、そうでないないなら、あるいは少しでも懸念すべきところがあるのなら、あまり聞きなれないかもしれないが、「広報」という役割に力を入れ、情報の収集と発信、そしてそれらの共有を図るべきと考えている。広報は広告や宣伝と混同されがちだが、その意図するところは自分たちの社会における役割をしっかりとまずは認識し、それを社会に知らしめることにある。とくに中小企業はしんどい時こそ広報の力で力強く事業展開を推し進めていくことを提案したい。