今までにないライブの演出

2020年春に商用化する次世代通信規格「第5世代通信(5G)」が、音楽ライブの演出に革新をもたらそうとしている。2010年に始まった4GLTEでは携帯端末で気軽に音楽のライブ映像を鑑賞できる世界が現実となっていたが、通信速度が4GLTEの最大100倍となる5Gでは、複合現実(MR)などの大容量の映像を多数の端末にリアルタイム配信することができる。これによって、今までにないライブ演出が生まれようとしている。

タワーレコード渋谷店の地下ライブ会場で昨年秋に女性アイドルグループ「ZOC」のライブコンサートが開かれた。そこで抽選で選ばれた観客3人がMR用メガネ型端末「マジックリープ・ワン」をかけると、アジアの摩天楼を模したコンピュータグラフィックスがステージ上に現れ、アイドルの両肩から翼が生えた。その後もアイドルがステージ上で回転したり手を振ったりする度に竜巻やオーロラが現れる。

現実空間のアイドルに仮想空間の映像を重ね合わせるMR技術を生かした、NTTプラザの次世代ライブイベントの演出「テック・ライブ」が始まったのだった。

MRで新たな楽しみ

会場の天井には、アメリカ・マイクロソフトのモーションセンサー「キネクト」と日立エルジーデータストレージの赤外線センサー「3次元(3D)TOFセンサー」が設置されている。このキネクトが取得したアイドルの手や足の動きと、TOFセンサーが取得したアイドルの位置情報を、マジックリープ・ワンが認識した認識した現実空間内の座標情報にひも付けた。

事前に両手を広げた時に両肩に翼が生えるようにプログラミングをしている。そして実際にアイドルが両手を広げた動きをキネクトがキャッチして、TOFセンサーが認識したアイドルの肩がある場所に翼を生やしたMR映像を生成する。アイドルが飛んだり跳ねたりしても、TOFセンサーでアイドルの位置を常に把握しているので、翼の位置がずれることはない。

MRによる観客参加型の新たな演出も生まれた。ステージ上のアイドルが物を投げる動作をすると、MRの映像上にボールが現れ、観客席に向かって飛んでくる。マジックリープ・ワン装着者がコントローラを通じてボールを捕獲すると、得点が貯まっていく。逆に、観客がサイリウム(ケミカルライト)の代わりにコントローラを振ってMRの空間上に独自の演出を作り出すこともできるという。

その結果、観客は最高得点や派手な演出を競い合ったり、そんな観客にアイドルが声をかけるといった新たな交流を生み出すこともできる。特に10代から20代の体験者は動画共有アプリ「Tik Tok(ティックトック)」を通じて動画加工(エフェクト)にも慣れており、MR映像にも自然に対応しているようだったと関係者は話す。

カラオケに照明も連動

今回のライブではMRの映像体験者は3人だけだったが、5Gが商用化すれれば数千人の観客全員がMR端末を身に付け、現実空間と遅延なくMR映像を楽しめるようになるという。ZOCのライブに用いた通信手段はWi-Fi(ワイファイ)。Wi-Fiや4GLTEなど現状の通信手段ではライブ会場に集まった大勢の観客が一斉に携帯通信を利用すると、特定の基地局やアンテナに通信が集中して、通信速度が遅くなる。

これに対して、5Gは1㎢当たりの同時接続機器数が100万台と現行の4GLTEの約40倍も可能になる。データ通信速度は1秒当たり10ギガビット超と、こちらは現行の最大100倍。映像伝送時の遅延も1000分の1秒と大幅に少なくなる。この結果、膨大な情報の迅速な処理ができるようになり、演者の複雑な動きを認識し、コンピュータグラフィックス映像と重ね合わせるMR映像情報を、数千人のMR端末に伝送することができる。

今回のZOCのライブでは、他の場所にあるナイトクラブにライブ映像を配信し、映像に連動した照明の演出で臨場感を持たせた「次世代ライブビューイング」の試みも行われた。ライブ映像が映し出す照明の色を、コンピュータシステムが解析して照明信号を作成し、ナイトクラブの照明を適切な色に自動で変更させたのだ。

コンテンツ争奪戦が始まる

5Gとともにこの技術を活用すれば、ナイトクラブのほか、カラオケボックスや大衆劇場など、照明装置のある場所でより臨場感のあるライブビューイングが可能になる。全国のカラオケボックスで映像と連動した照明を背に、ライブビューイングを家族で楽しめるになる未来がすぐそこに来ている。

5Gを見据えたライブ演出の革新は、携帯電話大手の成長戦略とも密接に結びついてる。NTTドコモは今回の「テックライブ」を手掛けたNTTぷららを子会社化している。ライブに用いたMR用メガネ型端末の製造子会社であるアメリカ・マジックリープ社にも資本参加し、同社のMR機器の国内販売権を取得している。

一連の投資は5Gスマートフォンをハブに周辺端末と接続して新サービスを提供するドコモの新たな成長戦略の一環だ。MRサービスや自動車向けなどに5Gのサービスをスマホ経由で提供することで、携帯の通信料だけに頼らない収益モデルを作り出そうとしている。ソフトバンクや楽天などもすでに同様の試みをしており、携帯大手によるコンテンツの争奪がすでに始まろうとしている。

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