【目次】
絶好調の秘密は?
「おかげ様で絶好調です」と笑顔で話すのは大阪市内の周囲に工場や倉庫が立ち並ぶ一角にある、従業員がわずか10名の各種部品の研磨を行う町工場の社長だ。同社は今、波に乗っている。時代の変化に対応できるように、一層その事業基盤を強固にしようと様々な試みにも挑戦している。「何も特別な技術なんてないのですが」と謙遜するが、なるほど失礼ながら業界ではどこにでもある3Kの代表のような会社にしか見えないこの町工場の、どこにそんな力が秘められているのか。
同社は1977年の創業。今年で42周年を迎えたことになる。現在は自動車部品、チェーン、精密部品、建築金物、刃物、メガネフレーム、照明器具部品など分野を問わず様々な部品の研磨加工を行っている。顧客のどこか1社が特別に良いというのでなく、「全体に」注文が増えているというのが今の好調を支える。
廃業を考えるまで追い詰められた日々
しかし、今でこそこのように多彩な顧客を持つ同社だが、創業以来、実に35年間もの間は大手企業1社に依存して仕事を行ってきた。今の社長が創業者である父親から事業を引き継いだのはまさにその中で事業も順調に拡大している時だった。
ところが、その社長が事業を継いだ次の年に起きたのが、あのリーマンショックだった。それまでの流れは一変し、事業拡大のために新設した第2工場はリーマンショック直後に閉鎖。逆にリストラをするはめに陥ってしまった。
「こんなに苦しい思いをするなら、いっそのこと廃業してしまった方がましではないか」と何度も思ったと、その苦しかった時期のことを社長は打ち明ける。廃業の相談をした弁護士も「次の人生を考えた方がいい」と勧められたという。それでも何とか踏みとどまったのは、「やめて何をするか考えてみても、やっぱり自分にはこれしかなかったから」という開き直りからだった。
1社依存からの脱却
「どこかに何か手がかりがあるはず」と再起へ向けて苦悩する毎日は続いた。外注費を削減するために内製化を進めたりもしたが、それも決め手とはならなかった。しばらくの間は自社の強みなどの分析から改めて見直していった。
その結果、根本的な問題として浮かび上がってきたのが、自社が創業以来沁みついてきた「1社依存体制」だった。1社依存は、それで受注が伸びている間はよくても、当然その顧客の好不調の波をもろにかぶることになる。それだけでなく、「社内のすべてが受け身の姿勢になってしまい、気付かない間に技術面でも言われた通りのことしかしなくなっていた」と社長は反省する。
研磨加工はいろいろな種類があるが、同社が行っていた方法は、大量の工作物を同時に均一に仕上げることができ、粗仕上げから光沢仕上げまで広範囲の研磨が、低コストで行えるというメリットを持つ。一方、「最適な研磨条件の選定が困難で、不適切な条件で研磨をすると工作物のすべてが不良品になってしまう」というデメリットも抱える。だから、大量に発注してくれる1社があれば、そこに依存して決められたものを決められた通りにしておけば間違いも少なくて済む。
少しずつの営業活動が成果
さっそく、社長はその苦境を脱するために少しずつ営業活動を始めていった。最初は資金が限られているため、「大きな展示会への出展は無理なので、身近な1ブース数万円で済むところを選んで出展していった」という。その他にDMを使った宣伝などもしていると、「1年ほど経つ内に新規案件につながる例が2,3出てくるようになった」と振り返る。
2013年12月に作成した経営計画書には、それまで大手顧客1社に依存していたのを、その比率を3年後には20%にするという目標を掲げた。「さすがにいきなりそれは無茶だろう」と周囲からも指摘されたが、結果はそれを半年ほど前倒しで達成できた。財務体質も改善できたことで、資金繰りも楽になり、やっと大きな展示会にも出展できるようになった。今年3月にはかつて依存してきた会社との取引が中途半端になることを避けるため、中止するという決断ができるに至った。
最強の従業員と率先垂範の社長
その取り組みを支えてきたのが「平均年齢が30代」という若い従業員たちだ。会社を訪問するとまず驚かされるのがみんなの表情が明るいことだ。朝8時の始業にも関わらず、従業員たちは朝6時とか6時半に来て仕事を始める。もちろん自主的にだ。そんな従業員を評して、社長は「経営者人生の中で最強のメンバーに恵まれた」と感謝する。
「とにかく仕事が楽しくて仕方ない」と従業員たちは口々にいう。顧客が増えたことで、様々な注文に対応する必要が生じ、それぞれの工夫が試されることにやりがいを感じている様子だ。何しろ、今は部品1個からの受注にも対応している。もちろん、朝早い分、午後3時にもなればみんな仕事を切り上げる。勤務時間は以前と同じ1日8時間が基本だ。
その従業員を率先垂範で引っ張るのは社長だ。自らは朝5時に出社して、会社のトイレ掃除なども行う。午前中はトラックで仕上がった部品の配達を兼ねて営業に回る毎日だ。この配達を自ら行うことで顧客の負担を減らすことも大切な差別化の一つなのだ。
全国に取引先の拡大と地域への貢献が目標
3年前からは試作を繰り返して、金属部品以外に樹脂部品にも対応し始めた。昨年には「ISO9001」を取得して作業標準書を整備し、今年は「ISO14001」にも取り組んで環境に配慮した体制も築いた。今は無理な設備拡大を急ぐのでなく、「まず全国に取引先を広げ、各都道府県に1社は取引先を作りたい。同時に従業員がより働きやすい会社を目指し続け、地域社会にも貢献していきたい」と社長は自信のある力のこもった声で抱負を語る。