【目次】
事業構造を変える打開策として
事業承継で悩む中小のオーナー会社を次々にM&Aで取り込み、事業を拡大している会社がある。
東京都内でビルメンテナンス業を営むA社は、6年ほど前から事業承継で悩む同業他社を中心に、これまでの間に5社のM&Aを行ってきた。大体1年に1社の割合でM&Aを行ってきたことになる。その結果、グループの年商は当初3億円だったのが、今や20億円程度に拡大している。今、関西にある拠点もM&Aで取得した会社がベースになって、再編を行ったものだ。
A社がM&Aを経営の手段に考えるようになったのは、もともと同社が2,3社ほどの数の大手企業の下請け業務を集中して行っていたことに遡る。当然業績はその大手企業のその時々の事業の推移に大きく左右されていた。A社はその度に必要な対策を取ることに振り回されていたという状況だった。「従業員ともども身を削り、苦しい思いをしなければならない。この状況を今後も続けていくのか、と自身に問うた時、『それはおかしいだろう』と本心から思った」とA社の社長は振り返る。
明確な方針を伝え、不安を解消する
「そんなに次々にM&Aを行って、事業を拡大していって経営は大丈夫なのか?」と誰しもが感じるところだろうが、それが「うまく行っている」という。そして徐々にその手法に慣れてくるにしたがって、当初のターゲットは企業規模で年商2,3億円クラスだったのが、今は年商10億円規模の会社までターゲットとして考えらえるようになったという。
そもそも、M&Aの対象に上がる会社は、冒頭でも述べた通りの事業承継で悩んでいる会社。その会社の紹介は国が進める「事業引継ぎ支援センター」制度を活用している。そこでは後継者不在などで事業の存続に悩みを抱える中小企業や小規模事業者の相談を、各都道府県に設置されている事業引継ぎセンターが行っている。A社もこの制度を活用してM&Aの対象先を紹介してもらった。
A社の社長がM&Aで取得した会社に出社してまず行うのは、従業員たちの前で新しい経営者としての考え、方針を明確に話すことと、個々の個別面談で従業員が抱える不安を解消することだという。M&Aの対象になった会社の中には、まず役員についているオーナーの家族たちの報酬が明らかに多過ぎたり、情実人事がまかり通っていたりしたこともあったという。それらをなくすだけでも、大きな経営改善につながるのだそうだ。
大廃業時代を活かす
「中には債務超過を解消するのに1年半かかった例もある」と話すように、財務諸表の数字が良いところを狙ってM&Aをしているのでなく、「あくまで会社の成長のために戦略的に考えて必要と感じたから行っている」とその動機の大切さを説明する。
日本ではこの10年間、毎年2万3000~2万7000件もの事業者数が休廃業・解散している。それに加え、これからは事業承継の問題もあって、中小企業の概ね5社に1社が1年以内に廃業する危機に瀕しているとされている。そうであるなら、かつては胡散臭いイメージで語られがちだったM&Aも中小企業の持つ技術、社会における役割を引き継ぐ有効な手段としてもっと活用されていいはずだ。M&Aをする方にしても、冒頭の企業のように事業を戦略的に強化・拡大するのに役立つ。
その冒頭のA社は、M&Aの対象としているのは今や同業他社だけではない。これからは建設業にもその対象を広げようとしている。ビルメンテナンスと建設業、一見、関係無さそうにも思えるが、実はそうでもない。A社が今、検討している建設業の中に、内装工事業者と総合建設業者、そして建築設計事務所が含まれている。これらはいずれもビルメンテナンス業から見れば、川上の事業に当たる。より顧客に近いところで仕事ができれば、その流れで新規のビルメンテナンスの仕事も取りやすくなるという算段だ。
戦略的に事業拡大に挑む
A社はそれ以外にも、これまでにビルメンテナンスに関わる、例えば清掃業務のような比較的軽作業向けの深刻な人材不足に対応するため、障がい者や外国人の職業紹介会社もM&Aで取得してきている。
A社は今後5年間の中期経営計画の中で、グループをホールディングス化して再編することにしている。新たに設けるホールディングカンパニーの下に、ビルメンテナンス、建設会社、そして人材紹介会社などを置く格好だ。その時、グループの規模は年商50億円を下らないだろうと予想する。数年前には3億円規模の会社だったのが、わずかの間にその10倍以上の規模にまで拡大することになる。
いうまでもなく、ITの発達などにより、会社を取り巻く環境の変化のスピードは年々加速している。こうした環境下においては、自社でゼロから事業を立ち上げることが、今や最善の策ではなくなっている。M&Aに関する法整備も2000年以前から進んできており、法律だけでなく税制面から見ても手掛けやすくなっている。今後もM&A市場はますます増加していくと見られている。M&Aというと今だに大企業やベンチャー企業に特有のものと考えられがちだが、もっと身近な手段としてあることを心掛けておくのもいい。