【目次】
やり方次第の健康経営
最近、「健康経営」に取り組む企業が増えているのをご存知だろうか。従業員の平均年齢が上昇し、健康要因による生産性の低下を懸念する企業が少なくない。「将来健康状態が悪くなりそうな人」に先回りして生活改善を促すことで、従業員の生活習慣病を予防し、労働生産性の低下を防ぐのが本来の主旨だが、「健康経営」の導入によって従業員のコミュニケーションが活発になり、社風の改善に役立った例もある。経営改善の実践で有り勝ちな決まった手法などないことが、逆にやり方次第では個々の企業に合った創意工夫の余地が生まれ、自由闊達な意見交換を通じて互いを深く知り合うきっかけにもなっているのだ。
そもそも「健康経営」とは、従業員らの健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践することを指す。企業理念などに基づき、従業員らの健康に投資することは、従業員の活力の向上や生産性の向上など、組織の活性化をもたらし、結果的に業績の向上や株価の向上につながると期待されている。経済産業省では、健康経営に係る各種顕彰制度として、平成26年度から「健康経営銘柄」の選定を行っており、平成28年度には「健康経営優良法人認定制度」を創設した。従業員や求職者、関係企業や金融機関などから、「従業員の健康管理を戦略的に取り組んでいる企業」として社会的に評価を受けられる環境を整備している。
お金じゃなく、知恵を出す
しかし、「健康経営」に取り組みたいけど何から始めて良いのか分からないとか、また余計な(?)金ばかり出ていくんじゃないだろうか、などと考えている経営者もいるようだが、そんな難しいことじゃない。手始めに、毎朝それぞれの職場でラジオ体操から始めてみてはいかがだろうか。「えッ」と驚かれるかも知れないが、そうあのラジオ体操のことだ。「体を使う現場じゃないから」と、オフィスの中からは声が上がりそうだが、そんなことを言っているところから、むしろラジオ体操を実践することをお勧めする。
昨日の夜の酒がまだ残り、寝ぼけたままで始業時間を迎え、30分ほどはまず仕事にとりかかる準備にとられるーそんな毎日が続くと、それだけでどれだけ会社が損害を講じているか考えただけで恐ろしくならないだろうか。そして、そんな悪い雰囲気ほどたちまちのうちに社内に拡散し、著しく働く環境が損なわれるのだ。それがオフィス内であっても、ラジオ体操を試しに始めたところからは、「一日の始まりを強く意識するようになった」「気分が爽快になり、やる気が生まれる」といった反応が寄せられている。むろん、ラジオ体操をすることにコストはかからない。しかも、そんな良い影響が周囲に徐々に拡散していくのだ。これはもう、やるかやらないかの問題だろう。
経営者自身も危ない
その経営者だって、2019年の高齢社会白書によると、2016年6月時点で全国にある中小企業は357万社。このうち、2025年までに70歳を超える経営者は245万人に達する。心身ともに若い頃とは違い、不調を抱える時が多くなる。怖いのは、その心身の不調が経営判断に及ぶ時だ。むしろ事が経営判断に及んでからでは遅い。その前から十分に「健全な」判断能力を会社全体で持っておく体制づくりが求められる。実際、認知症の比率にしても、65~69歳が2.9%に留まっているが、75~79歳では13.6%、85~89歳は41.4%と加齢に伴い、急増することが統計で示されている。
認知症というと、自分は関係ないと思い勝ちだが、認知症に限らず一般に高齢者の判断力が低下することは広く知られているところだ。よく分かる例として、乗客の命を預かる航空機のパイロットや電車の運転手の場合、例えば、パイロットは定年が60歳で本人の希望や能力によって65歳まで乗務できる。機長では年4回、シミュレーターを使った定期訓練をし、判断力や瞬発力が低下していないかもチェックする。鉄道各社も国の指針に基づき、点滅した光をボタンで指し示す反応速度検査や時間内に単純な計算をして、忍耐力や情緒の安定性を見る検査をしている。
直接的な効果に加え間接的な成果も
従業員が健康であれば、高い集中力を保って仕事に取り組めるため生産性が向上し、さらに治療費にかかる会社負担が減少することで利益率もアップするというプラスのサイクルが生まれる。そこに投資が必要なこともあるが、それは「将来に向けた投資」と捉えられている。こうした流れに立ち、健康経営への取り組みによって有利に働く融資制度も今後はますます整えられていくだろう。今の人手不足の時代、病気で休む従業員の穴埋めや、心身が万全でない従業員の生産性やモチベーションの低下を他の従業員で補うのも容易ではない。
「健康経営」を指南するコンサルティング会社もあるが、そうした会社には悪いが、特にそんな会社に任せる必要もあるまい。先ほどのラジオ体操もそうだが、一日の歩数を競うことを社内や部署内で行っても良いだろう。これでないとダメということがないので、それぞれの会社の実情に応じた工夫を試すことにもつながる。中には、そのアイデア出しに各部署から若手を集めて考えさせた結果、社内の健康に対する意識が向上したのはもちろんだが、それ以上に社内のコミュニケーションが活発になり、「雰囲気が一変した」と喜ぶ経営者もいる。