【目次】
プレッシャーをかけるだけが仕事か
現物・現場・現実の「3現」を自らが体感することが、ビジネスで結果を出すのに必要だとよく言われる。特に優れた経営者になるには、若い頃からそのことを身体に刻み込んでおくことが求められる。役職が上がるに従って、そうした現場との距離が遠ざかるのが常だから、物理的にすべての案件についてその「3現」を体感することはできなくなるものだが、その現実をよく認識し、不安を感じるぐらいでなければ経営者などは務まらない。不安を感じるから、時間と体力の許す限り経営者は「3現」に触れようと努力するのだし、報告を求めるのだ。
しかし、中には現場に目標を与えて、それを達成しているかどうかを管理し、達成していなければ「結果を出せ」とプレッシャーをかけるのが経営者の役割とばかりに、社内で威圧的な態度を通している経営者がいる。結果を出すことで仕事をしたと言えることを考えると、その言わんとすることは間違っていない。しかし、そのモノの言い方には強い違和感を感じざるを得ない。自分は誰にでもできることしかしておかないで、部下に「結果を出せ」というのはおかしいと思うのだ。部下に結果を求めるのだから、経営者であってもやらねばならないことすべきだろう。
悪代官に堕す時
「OKY」というのをご存知だろうか。ある大手企業で働く友人から、「お前が来てやってみろ」という頭文字をとったものだと教えられた。その友人も年齢を重ねるごとに、それなりの職位についたとき、現場のスタッフから聞かされた言葉だという。目標を達成できていないことなど、現場も分かっている。何とかしようと思って一生懸命に働いているのだ。にもかかわらず、解決策の一つも示さずに、「結果を出せ」と迫られる。だったら、「お前が来てやってみろ」と言いたくもなる。それが現場の本音だということを、改めて印象付けられた。
そして、そう思われた瞬間に、現場のリーダーだったり経営者は、まさに「悪代官」に堕してしまう。汗水たらして働いている現場からすれば、居心地の良い椅子に座りながら「結果を出せ」と油を搾るごとく迫るのは、現場に圧政を強いる「悪代官」にしか見えない。それでは誰も本気でついていこうなどと思うはずがない。あの旧日本軍の連合艦隊司令長官だった山本五十六の言葉にあるように、「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」だ。何よりもまず、「やってみせる」ことができなければ、人は動かないと心に銘ずるべきだ。
権限移譲しても避けられない責任
現場をよく分かっていない経営者らが事細かに注文をつければ、現場のモチベーションを下げてしまう。それならということで、現場近くに権限移譲をする例も多い。それも大切なことは分かる。お客様や市場のことを最もよく理解しているのは現場なのだから、現場から遠く離れた経営者らが判断するより、より近くで判断する方が正しいことだって可能性としては高い。しかし、勘違いする経営者が多いのは、「権限移譲したうえは責任もすべて移る」と考えることだ。少し考えただけでも、そんなはずがあるわけがない。もし本当にそうなら、経営者など必要なくなる。
権限を委譲した先が相応の責任を負うにしても、やはりすべての判断の責任は経営者にある。権限を委譲した責任もそうだ。つまり、どんな場合であっても経営者の責任は逃れられないと考えなければならない。であれば、いかに権限移譲を進めたとしても、やはり経営者自らができる限り「3現」を体感する必要があるということにほかならない。現場の意思決定を尊重するのは当然だが、それを「丸のみ」するようでは経営者の資格はない。むしろ、現場の意思決定を経営者自らの腹に落とし込むプロセスが重要だ。経営者はそのために現場に足を運ぶ。現場も経営者が自分たちの職場に関心を持ち、理解しようと努力していると認識するようになるに違いない。
不安を味方に
そうした努力があって、初めて「現場に精通したトップ」という評価も得ることができ、現場と経営者とのお互いの信頼関係の基盤が整うことになる。ここまでできれば、時として現場に厳しい、高い目標を指示しなければならない場面でも、現場の事情を分かった上での指示なら、現場も「何とかやってやろう」という気持ちになるのが人情というものだ。
よく多忙を理由に、そんなことまでできないという経営者を見かけるが、時間は生み出すものだし、現場を見て回るのは「時間があるからする」ものでもない。もしそう考えているなら、優先順位が根本で間違っている。確かに、矢継ぎ早の会議、面談をこなさなければならないだろうし、重要な意思決定も次から次に起こるだろう。これまでお話ししたことなど、「きれいごと」だと一蹴されるかもしれない。
しかし、大きな決断を下さなければならないとき、どうにも腹が固まらない、フワフワした感じが残るような不安を感じることはないだろうか。私もそんな時は改めて「3現」の原点に返るようにしている。組織の大小は関係ない。優れた経営者はこの不安感を味方につけているのだと言われる。