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静かな、しかし大きな危機が目前に
65歳以上の高齢者の4人に1人が認知症とその予備軍といわれる。団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となる2025年には65歳以上の人口が約3677万人になると予測され、認知症患者も相対的に増える。社会的な負担が増大していくため、政府は6月に「認知症施策推進大綱」を取りまとめ、今後の対応を急ぐ。産業界でも認知症対策につながる製品やサービスの投入が増えており、官民挙げて取り組みが進んでいる。
2025年までの認知症対策をまとめた大綱では、認知症になっても安心して暮らせる「共生」とともに、予防を施策の柱に位置付けた。大綱は15年に策定した認知症戦略「新オレンジプラン」の後継で、「認知症になるのを遅らせ、認知症になっても進行を緩やかにする」ことを「予防」と定義している。認知症予防の可能性が示唆される運動不足改善などを推進するほか、予防に関する科学的な証拠の収集や普及に取り組む。
認知症は脳の老化による「物忘れ」とは異なり、何らかの病気により脳の神経細胞が破壊されたことで発症すると考えられている。症状が進むと妄想や徘徊などが見られ、無気力や怒りなど感情の変化も大きくなる。患者は普段の生活でも支援や介護を必要とすることが多く、家族など周囲の負担が大きいのも特徴だ。
相次ぐ商品やサービス
認知症患者の増加を受け、企業は認知症の予防に役立つ商品やサービスの開発を活発化している。大綱ではこれら商品やサービスの適正な評価や認証の仕組みも検討するとしている。
共生に向けた重要課題の一つは「バリアフリーの推進」だ。大綱では認知症の患者にも移動や買い物などがしやすい街づくりを目指すとしており、高齢化が急速に進む中山間地域で、自動運転による移動サービスの実証や実用化を後押しする。
認知症対策につながるサービスとして国内企業が早くから実用化を進めてきたのが「見守り」の領域だ。センサーやITを使った従来の高齢者向けサービスを高度化し、認知症患者の徘徊対策などに役立てられるようにしている。
NTTドコモは消しゴム大の全地球測位システム(GPS)端末を利用者に装着することで、現在地をスマートフォン上の地図に表示できる「かんたん位地情報サービス」を提供している。利用者が道に迷った際には、端末のボタンを押すだけで現在地を知らせるメールを家族や介護施設など、最大5つのメールアドレスに送ることができる。
ビッグデータの活用がカギを握る
パラマウントベッドが手掛ける見守り支援システム「眠りSCAN(スキャン)」は、マットレスの下にセンサーを設置し、ベッドで寝ている人の状況をリアルタイムでモニタリングする。ベッドにかかる重さを測る離床検知機能で、認知症患者がベッドから離れるとすぐに分かる。
ジョリーグッド(東京都)は介護スタッフ向けに仮想現実(VR)で研修やシミュレーションができるサービス「ケアプル」を手掛ける。認知症患者による「帰宅願望」「入浴拒否」など、被介護者との関わりにおいてよくある状況をVRで再現し、適切な対応の仕方を学べる。また、これは認知症患者にも全国の観光地やレジャーのVRを見せることで、過去の記憶を思い出すきっかけを作ることにも役立てることができる。
認知機能の維持・低下予防では、ロボットも注目の領域だ。コミュニケーション型ロボットの癒しの効果や対話、交流などを活性化させる効果が、認知症患者にも有効だと期待されている。見守りサービスや人工知能(AI)を搭載したコミュニケーション型ロボットなどの利用が広がれば、次に重要になるのがデータの活用だ。認知症患者の様々なデータを収集し、ビッグデータとして解析することが、次に新たな製品・サービスを生み出すことにつながる。
保険商品もヒット
生命保険業界も認知症保険を相次ぎ投入している。その中でも太陽生命保険が16年に発売した一連の認知症保険シリーズは、累計販売件数が50万件を突破するヒットになっている。18年に出した認知症になる前の予防に重きを置いた「ひまわり認知症予防保険」も好評だ。契約から一定期間を経過するごとに「予防給付金」を受け取れ、認知症予防サービスに活用ができる。
これら商品やサービスは60代から70代の不安を真正面から見つめる着眼点が社会に受け入れられたものだ。商品そのものに加え、高齢者向け付帯サービスにも人気が集まる。生命保険会社の内勤職員らが、保険契約者や家族を直接訪問し、必要書類の代筆やモバイル端末を使って簡易的な給付金請求を行う。
神戸市では2017年にG7保健大臣会合が開催され、認知症対策を盛り込んだ「神戸宣言」が出された。この「神戸宣言」を受け、「神戸市認知症の人にやさしいまちづくり条例」を制定し、18年から施行している。これら官民挙げての取り組みの成果が日本だけでなく世界の将来を握っているといっても最早、過言ではない。