【目次】
ミルシートがない
「座金が原因でボルトの疲労破壊による事故が今後増えなければ良いが」と真剣に心配をしている金属部品商社の経営者がいる。同社では数多くのユーザーを抱えているが、行政の検査が入るころになると、ミルシート(鋼材検査証明書)だけを出すように求めるところが出てくると嘆く。中にはそれが売り買いされている例もあるようだ。もちろん、同社では丁重にお断りしているそうだが、実際、ビッカース硬さでJIS規格を満たさない100HV以下の座金が堂々と街中のホームセンターなどで販売されている事実もあることを厳しく指摘する。
もちろん、そのような製品には主要な構造物では必要なミルシートなどは付いていない。特注品などでは製品の硬度及び製造ロット番号がカートン箱及び小箱に記載され、顧客の要望があればすぐにミルシートも提出できるようになっているものだ。それでどのメーカーのどの製造ラインで作られたものか分かるトレーサビリティシステムが機能している。しかし、「それが汎用品となれば低価格対応が優先され、徹底されていない」と嘆く。1円でも安く、今すぐにでも納入してほしいというユーザーの声に押され、ミルシートの出せない製品を出荷しているのだ。
硬度不足が緩みにつながる
ボルトの疲労破壊は過去にも続発している。ボルト本来の目的である締め付け力が無くなり、ボルトの緩みが原因となって疲労破壊につながっている。そのボルトの緩みは主に3つのパターンから引き起こされる。1つはボルトの回転による緩みだ。これにはボルトの回り止め対策として接着剤などが使われたりする。2つ目はボルトの塑性の伸びによるもの。締め付け力が過大になるとボルトの塑性に伸びを生じ、締め付け力が緩む。これはボルトの強度を上げたり、締め付けトルクの適正化で防止できる。
上記2つがいずれもボルトそのものの問題であることに対して、見過ごされやすいのが3つ目の原因として挙げられる、座金面の陥没によって緩みが発生するものだ。ボルト頭部の陥没を防ぐために使われる座金の面が、何故陥没するのか。それはすなわち、先に挙げたように座金の硬度が不足しているために起こる。せっかく高強度ボルトが用いられても座金に硬度が不足していると、座金面が陥没して緩みにつながる。ボルトの疲労破壊はボルト単体に留まらず、設備全体に大きな損害を及ぼすことが懸念される。
低価格化が優先している現実
過去の事故で回収された座金を見ると、硬さ不足によるスタンプを押したようなボルト頭の圧跡がくっきりと観察されている。それによりボルトの初期の締め付け力が失われると、座面と部材の間の接合面は機械などの運転中に着いたり離れたりすることになる。つまり、機械などの運転中にボルトがネジ締結体に作用する外力のすべてを負担する状態になっているのだ。
何故そのような硬度不足の座金が出回るのか。海外メーカーの参入で進む低価格化に国内のメーカーは追い詰められ、実際に廃業に至るケースが続発している。そんな生産現場の一部では、原料に品質に問題のあるスクラップ材を使った生産が行われているという。また、そのことを暗黙の了解で価格や納期を第一に考えて取り引きをする商社がある。このところ日本を代表するメーカーで相次いで起きた不祥事と同じ、惰性と慣れ合いが横行しているのだ。問題を分かっていても止められない、止めようとしないのは、やはり表ざたになっているものだけでなく、私たちの身の回りに常にあるのだ。その過ちを思い知らされるのが、事件や事故が起こった時でしかないというのはちょっと悲しすぎるような気がする。
技術に工夫の余地あり
「たかが座金」と言うなかれ。この分野でも技術革新は進んでいる。例えば、台湾のヘキシコ・エンタープライズ社というメーカーでは丸座金を冷間圧造で作っている。座金は一般にプレスの打ち抜きで作られることが多いが、それだと打ち抜いた後の材料がムダになる。ヘキシコ社ではワイヤー(コイル材)を冷間圧造して作る独自の製法を採用。これだと材料のムダが出ない分、価格を安くできる。こうした技術革新や工夫に目を背け、安易な解決策に飛びついている様には言い訳は通用しない。
低価格化に安易に対応しているだけでは、「ものづくり大国」の名が廃る。少なくとも必要なミルシートはきっちり備え、トレーサビリティを確保することは世の流れだ。それを避けるだけの対応は、ただ次の事故を待つようなものだ。座金本来の役割をもう一度見直し、「正面から」ユーザーの要求に応える努力をしない限り業界に明日はない。海外の企業を見習って、まだまだ工夫を重ねなければならないのではないか。このことはここに挙げた座金だけの問題でもないだろう。私たちの日常を振り返って似たような仕事をしていないか、他山の石にしなければ本当に信用を無くしてしまう。