【目次】
失敗を報告できない
ある中小機械メーカーの社長から相談をいただいた。30代のエース級の営業マンが、新規営業先の開拓で周囲から期待されていた案件があったのだが、なかなか具体的な成果として上がってこない。それでもそれはまだ受注見込み案件として残っており、その会社ではその期における売り上げ計画のなかにも入っていた。たまたまその話が大型の案件だったため、数字的にもその会社にとっては非常に大きな意味のあるものだった。
その社長が年頭の地域の経済団体の集まりで、偶然にその顧客の社長に会い、千載一遇のチャンスとばかり営業の話を持ち出すと、「その話なら別のメーカーで決まっている」と思いがけない反応。その時まで社内では春先には受注が決まるかと見られてきただけに、その顧客の社長の対応はまったく青天の霹靂に感じられたという。帰ってすぐにその営業マンを呼び出して確認したところ、それでもその営業マンは、なかなかその顧客からの話を認めなかったそうだが、しばらくしてようやく断られた事実を認めたという。社長はその場でついその営業マンを厳しく叱責したようだ。周囲からの期待を一身に集めていたこともあって、今、その営業マンの落ち込みは見るも無残な状態だという。
そして、社長からの相談というのはその営業マンに関するものではなく、見込み違いとなった売上高をどうカバーするかだった。
現場は追い込まれていないか
私はその会社の売上高より、どうしてそれほどまでに重要な案件の責任をその営業マン1人にすべてを負わせていたのかが知りたかった。確かにその会社の勢いは今すさまじく、向かうところ敵なしといった感じだ。勢い、会社内の雰囲気は、一度計画されたことはできて当たり前、できない方がどうかしているといった感じに読み取れる。そんな中では特に若い社員にとっては。「できない」とは言えないのかも知れない。身の丈を超えた会社の成長は、いつかツケとなって出てくることは、これまで何度も繰り返されてきた会社の不祥事や業績不振に明らかなのに。
失礼な言い方になっては申し訳ないが、従業員数で50人足らずの(社長が1人で管理する)決して大きな会社ではない。社長のワンマンでこれまで引っ張ってきた会社だ。それが大きな成長の原動力になってきていて、常々社員に「できないと絶対に言うな」と指導してきたという。それでも当初の頃のように社長が現場をよく知っている間は良かったのだが、会社が徐々に大きくなるにつれ、社長も現場から離れることも多くなっていた。現場を見ずに社長の指示だけが上から降ってくるようになると、現場の人間はいたずらに「追い込まれる」感覚を持つようになる。多少無理でもできると言わざるを得ない雰囲気は、まさに大手企業で相次いだ不正の構図と同じだ。
失敗は恥ではない
こうした問題は決して特別なものでなく、多くの企業が成功体験を繰り返す中で自然と出てくるものだ。それが一端出来上がると、「惰性」のようになり止めることができなくなる。だから、「そうなる前に小さな失敗を反省する習慣が重要になってくる」と危機管理コンサルタントの江良俊郎氏は話している。かつて不祥事を繰り返した三菱自動車や東洋ゴム工業のような会社は、その反省する力が欠けていたということだ。原因を突き止めるわけでもなく、「運が悪かった」と片付けてしまう。私もそうした会社の社員の方々を何名か知っているが、決して悪い人たちではなかった。逆に、人が良いから同僚や経営者を否定できないのだ。
惰性を止めることのできない会社には、失敗を許さない社風が染みついているようにも感じる。しかし、過去の経験をたどることで成功に近づけた高度成長時代とは異なり、今は過去にはなかったことに挑戦をしなければ道は拓けない時代だ。このため不確実性は高まっているのに、相変わらず失敗が許容されないままでは、現場に逃げ道はなくなる。新しいことに挑戦するのだから時に失敗するのは当然のこと。失敗することを恥と思う必要はまったくないわけだ。むしろ、日頃の小さな失敗から積極的に学ぶ姿勢を身に着けておけば、大きな危機を避けることができる。
事業の発展次第でやり方も変化させよう
今、中小企業の後継者不足で、事業の継承ができにくくなっていることが問題になっている。事業として成功していれば後継者も自ずから現れるのかもしれないが、そうでなければそれを機に廃業を考える経営者も多いと聞く。しかし、事業の承継は仮に過去の経営に問題がある場合は、それを断ち切る良いきっかけにもなる。まだ後継者が若い場合、始めは古参社員の賛同も得にくいこともあるかもしれないが、少しずつ小さな成功体験から積んでいけばいい。そうして徐々に社員の信頼を得て、組織に共感を生んでいくのだ。
何を隠そう、冒頭の社長も2代目だ。先代から経営を引き継いだ時には、小さな町工場に過ぎなかったのが、事業を何倍にも拡大してきたのだ。権限を一手に集中して、俺についてこいというやり方でこれまで成果を出してきた社長だが、上意下達の文化の弊害が出てきている。これではいつ事故や事件が起きてもおかしくない。そろそろそのやり方を見直すべき時にきているのではないかと忠告をしておいた。