【目次】
中学生が職場体験
私の住んでいる街では、年に何回か中学生たちが企業の職場で仕事を実際に体験することをしている。スーパーの商品出しや鉄道の駅構内の誘導、病院で看護師さんの手伝いをしたりと、様々な業種で取り入れられている。たまたま、そんな場に出くわしたりすると、元気の良い声で「お早うございます」と挨拶をされたりして、何だかこちらも気恥ずかしさと同時に、新鮮な気持ちになれる。通りがかりの人たちも「頑張れよ」「ご苦労様」とお互いに声を掛け合っているのは、微笑ましい風景だ。きっとこれら中学生たちにとって、社会を知る良い機会になっているだろう。
しかし、良い勉強をしているのは中学生だけではない。受け入れる方だって、とても良い効果を得ているようだ。5年ほど前からそうした中学生を受け入れ始めた鉄工所では、従業員のやる気の向上につながっているという。始めは中学生が工場の中に入ることに、従業員のほぼ全員が反対したという。危険だからだ。危険なのは中学生ばかりではない。その工場では鉄板をリフトで運んだり、加工してきちんと梱包した出荷前の製品を通路の横に置いたりしていた。万一にでも出荷前の製品に何かあってもまずいと思ったのだ。しかし、毎年高卒を数名ずつ採用しているこの会社にとって、中学生は将来の大切な採用予備軍になる。
社長の決断による受け入れ
結局、その会社の社長が半ば従業員たちの頭ごなしに中学生の受け入れを決めたそうだ。それからは、受け入れのための準備が始まった。そもそも中学生に危険だからダメというのは、職場をそういう危険な状態にしてしまっていることの言い訳でしかないのではないか。作業工程の見直しや整理整頓を徹底することで、工場内をある程度は危険な場所でなくすことも可能なのではないかと発想を変え、一つずつ課題を克服していった。そして、一つ課題を克服していくごとに従業員の意識も高まっていった。工場は古い建物のため、お世辞にも美しくはないが、見違えるほどに作業はしやすくなった。
それは事務所の中もそうだ。中学生に恥ずかしいところを見せたくないという思いは、工場の作業員と同様に持っていた。だから整理整頓はもちろん、毎日の清掃もきちんとするようになった。
それだけではない。中学生はほんの2、3日の体験しかしないのに、作業を教えるためすべての工程についてのマニュアルを用意するようにしたのだ。もちろん中学生にも分かるように、写真入りで丁寧に作られている。そして、中学生が工場を訪れる当日は、始めは反対していたベテランの従業員も率先して説明に回っていたそうだ。
中学生が職場に残したもの
この話を聞いた時、私は他人に教えるということが、いかに普段自分たちがしている仕事を見直すことにつながるものかを痛感させられた。それと同時に、この会社の社長が話すには、従業員たちが自分の仕事に誇りを持つようになったという。機械による作業の自動化が進む工場においても、最後のコンマ何ミリといった微調整は長年の職人として感が幅を利かせる。その職人技を中学生にも知ってもらいたい、恥ずかしい仕事はできないという気持ちが、新たなモチベーションになっているというのだ。
この中学生による職業体験で自然と5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)活動にもつながり、毎年入ってくる新入社員にも良い印象を与えているという。始めは関係者以外の立ち入りを拒んでいた工場は、今では更に近隣の小中学生が行う職場の見学コースの一つにもなっている。これまでそんな子供とは接触のない職場だったのが、多くの小中学生に囲まれ自分たちの仕事を見てもらえるようにもなり、従業員が変わることで、家族関係の改善にもつながった例も出てきているそうだ。
障がい者の職場体験も
もちろん、こんな風にうまく行っているところばかりとは限らない。中には外から見ていても、せっかくの中学生の職業体験の機会を持て余しているのではないかと思えるような時もある。「何のために受け入れたのだろう」と勘繰りたくもなるが、いろいろな事情があるのだろう。しかし、どんな事情があるにせよ、せっかくの機会を活かすことでこんな素晴らしい例につながることをもっと多くの会社に学んでもらいたいと思う。
多くの会社では厳しい成果主義のもとで、メンタルヘルスに問題を持つ従業員が増加している。うつ病などで休職する人も多い。そして、治療が終わって職場復帰しようと思っても、ゆっくりならし勤務という形で受け入れてくれる会社は少ない。中学生の職場体験を受け入れることは、そうした会社の働く環境に風穴を開ける可能性もある。
そういえば、中学生だけでなく、全国には障がいを持つ子供の職業体験もあると聞く。生徒たちは放課後週1回1時間程度、ガソリンスタンドやコンビニ、食堂などで仕事体験をし、最長で半年ごとに仕事の体験場所を変える。これも職場が和気あいあいとした感じになって、そのまま雇用につながっている例も出ているようだ。人が幸せになる職場改革って素晴らしい。