【目次】
当てが外れた「優秀な」甥っ子
私の顧客に従業員数が10名ほどのプラスチック加工業を営んでいる企業がある。今は創業者が亡くなり、その長男が2代目社長で頑張っていて、業績はすこぶる良い様子。経営上は何の問題もなく見えるが、そんな社長にも悩みはある。
それは数年前に中途入社した甥っ子の扱いだ。その甥っ子は某有名国立大学を卒業して大手商社に勤めていたが、職場が合わなかったのかうつ病を発症し、退社したのだった。その後地元に戻り、しばらくその地元では有名な飲食チェーン店の幹部として働いていた。
そこをどういうわけか辞めた後、もともと知らない間柄ではなく、お互いに気ごころも知っているということで、そのプラスチック加工業の社長が呼び寄せたわけだ。もともと甥っ子の能力は高いことが見込まれ、折りからの人手不足の中にあって、社長の「優秀な」甥っ子に対する期待は大きかった。
しかし、それがその社長にとってはまったく当てが外れた格好になったのだろう。事情は甥っ子の方とても同じだ。直接聞いたわけではないが、自分の能力を発揮できるところではないぐらいに考えたのではないだろうか。
新規募集か知人に頼るか
結局、その社長は意を決してその甥っ子と向き合い、じっくり話し合う時間を作ったそうだ。今はまだ互いにうまく行っているわけではなく、一時様子を見るような状態にあるという。しかし、互いに身内である分、うまくいかなくなった時の関係は私生活にも及び、互いの気まずさは一般の従業員の比ではない。
似たような話は多い。特に初めて人を雇う時に、新規に募集するのでなく、親戚とまではいかなくても、知人や以前の職場で一緒だった同僚などに声を掛けるというケースが多いと聞く。
確かに、このような知人や元同僚だと、仕事に対する力量や性格についてもある程度知っているため、「ハズレ」ということが無いように思われる。お互いにやりやすいという点を取ってみると、むしろそれは大きなメリットであるとも感じられる。その点、面識のない人をいきなり雇うのは、ゼロから信頼関係を築かねばならず、時間がかかる。一見、知人や元同僚を雇う方が良いことづくしのように見えるが、この「やりやすさ」ということが、マイナスに働くこともあることを知っておかねばならない。
「やりやすさ」に甘えていないか
その「やりやすさ」の中に、経営者として当然しなければならない管理がついルーズになってしまうという落とし穴があることを心しなければならない。それは雇われる方にしても同じだ。従業員として当然守らねばならないルールがあいまいになっている例は多い。それは一方に問題があるというわけではなく、お互いに甘えや期待も持ってしまうものだからだ。
もともと、経営者と従業員という立場では、一つの事実に対してもそれぞれの捉え方は180度異なっていることが多い。例えば、従業員なら、「こんなに仕事をしたのに給料が少ない」「こんなに会社に貢献しているのに認めてもらえていない」と考えがちだし、経営者からすれば、「これだけ給料を出しているのにこの仕事内容しかできていない」「これだけ給料を出していれば十分満足だろう」と考えるものだ。
普段、経営者と従業員との間で信頼関係が築けていれば、そうしたギャップは気にならないだろうが、一度その信頼関係にヒビが入ると、双方とも自分の権利や主張、思いを優先するようになってしまう。
人を雇う時に押さえるべき法律は数多い
例えば、従業員を一人でも持とうとする時、経営者が知っておかねばならない法律は労働基準法、労働者災害補償保険法(労災保険法)、雇用保険法、労働安全衛生法など、とても多い。それを知り合いだからといって、経営者は「一般の従業員より法律やその他の労働条件についても、とやかく言わないだろう」という甘えを無意識の内にも持ってしまう。一方の知り合いにとっても、「一般の会社に勤めるよりは、何かと自分に都合よくしてくれるだろう」という期待を勝手に持ってしまうものだ。
実際に大まかな給料だけ伝えて、細かい労働条件などを明示しないままにしていて、後でトラブルになったという事例などは枚挙にいとまがないと聞く。
ここまで書けばもう分かってもらえたと思うが、「ウチは知り合いを雇っているからトラブルはない」とか、「安心だ」とかいうのは、双方にとって甘えでしかない。むしろ、知り合いであるほど、それまでの関係を維持しようとするなら、一般の従業員以上の気配りが必要な場合も出てくるだろう。お互いが持つ甘えと期待は、裏切られた時に悲劇となって襲ってくることを十分にわきまえなければならない。