【目次】
感じ取る力
経営コンサルタントとして活躍し、多数の本も出しておられる田坂広志氏は、一流のプロフェッショナルには感じ取る力が備わっているという。それは例えば、相手の無言の声に耳を傾ける力、相手の沈黙や一瞬の間から心の動きを感じ取る力、相手の言葉の奥にある感情や心境を感じ取る力、相手の表情や仕草から心の変化を感じ取る力、相手の言葉のニュアンスから細かな思いを感じ取る力などだ。言ってみれば、相手の置かれた状況や立場から、その考えを想像する力だ。田坂氏はそれを「深層対話力」と呼んでいる。
そして、それは相手から言葉以外のメッセージを感じ取るだけでなく、自分が相手に言葉以外のメッセージを伝える力も身に着けていることにもつながる。つまり、言葉で伝わるメッセージとともに、言葉以外から伝わっていくメッセージを自覚する力に優れているというのだ。それは最早耳をそばだてるだけではなく、人間が持つ第六感も含めた「全身で聞く/話す」といったイメージになろうか。
ハウツーの前に意識すべきこと
相手がいる場合、全身を使わないと本当の想いが分からないというのは良くある。部下が口では「承りました」といっていても、実行が伴わずにヤキモキさせられることも多い。これなどはどんなに言葉でうまく言い表しても、不承不承、仕方なくやらざるを得ないと感じている例だろう。そんな時でも相手の表情からその兆候ぐらいは分かったりするものだ。それと同じことを、自分は相手に発していないだろうか。
しかし、今、私の周囲の起業家の中に、「どうすれば相手を説得できるのか」「顧客を獲得できる営業術」「部下の操縦法」などのハウツーに関する問い合わせがとても多いし、書店などを覗いてもその手の本は多い。しかし、これは言ってみれば「相手を意のままに動かしたい」という発想に他ならない。
成功を急ぎたい気持ちは分かるが、大切なことが忘れられている。それは相手とコミュニケーションが本当に取れているかということだ。相手が自分の言いたいことを分かってくれていなければ、また、逆に相手のことを本当に分かっていなければ、説得も何もあったものではない。
相手を動かす=上から目線
相手を意のままに動かしたいという無意識での思い込みの怖いところは、自分が相手より上にいるという立場に知らず知らずの内に立っていることだ。上から目線で、相手に「教えてあげる」「売ってあげる」という感じになっている。そうした意識では当面は何とか相手に受け入れてもらうことはできても、いつかは必ず相手の心が離れていくと覚悟しなければならない。
現実にそんな例を私も見ている。始めは調子の良かった事業が長続きしないのだ。良い技術を持っていながら、顧客が離れていっている。長い目で見た時、見栄や誤魔化しはいつか化けの皮が剥がれるのと同じで、こちらの意識も相手に分かってしまうものだ。しかし、案外本人はまだそれに気付かないでいたりする。そんな時は同じ間違いをまた犯すことになるのだろう。
商品でなく自分を買っていただく
だからやはり基本は、全力で相手の持っている課題に当たらなければならないということに尽きる。よく「先生」と呼ばれる士業の方に多いが、あくまで自分が「先生」であるという立場に依って仕事をしている方がおられるが、そんなやり方だと将来は間違いなくロボットに置き換わられてしまう。顧客から仕事を得る時、買って頂くのは実は「商品」ではなく、「私たち自身の人間」なのだということを忘れてはいけない。
「先生と生徒の立場を崩してはならない」と営業関係のセミナーなどでも良く言われるが、それはあくまで結果としてそうならないように気を付けるべきということであって、最初から「私は先生だから」という態度では最後まで相手と通じることはできない。
全力で相手と向き合えば相手の言葉以外の心が分かる。相手の心が分かるようになれば「共感」することもできる。そして「共感」は「支援」につながり、「協調」することができるようになる。皆がそれぞれに一生懸命に生きていることに対して、敬意を持って接することがすべてのコミュニケーションの基本であることを忘れてはならない。