【目次】
成長が肝心
起業したもののなかなか従業員を雇うところまでいかないという経営者は多い。先日お会いした輸入販売業を立ち上げて3年目の経営者は、逆に、起業したときにはすでに仲間3人を連れていたのに、今は1人で経営していた。「立ち上げ時にいた1人はすぐに辞めてしまい、残りの2人も全然使えなくて、今では1人で十分やっていけてます」という。
その時私は「そうなのか」としか思わなかったのだが、続けて、「従業員を雇っても結局リスクを抱えるだけなので、まあこれでもいいのかな」とその経営者が話した時には、少し違和感があった。それは「せっかく起業したのに、生き残るのが目的みたいになっていないかな」という疑問だった。
企業としての成功はやはり成長することにあると思う。それなのに生き残ることが目的になれば、その生き残りさえも難しくなる。そもそも、ただ食べるために起業する人は少ないのではないか。食べるためだけなら、今の世の中、選り好みしなければアルバイトでも何でも働き口はあるように思う。
でも、起業した後、売り上げが思うように上がらずに資金繰りに悩んだりしているうちに、いつの間にか「企業を存続させる」ことが目的にすり替わっていることはある。そんな時は、もう一度起業の原点に立ち返らなければならない。
成長に3つの壁
「起業の神様が教える、ビジネスで一番大切なこと」(安藤邦彦著)は、ビジネスの成長には①幼年期、②青年期、③成熟期、の3段階があるという。
幼年期は社長の目の届く範囲で事業が行われている状態を指す。それが青年期になれば、社員を雇い組織ができる。社長の目の届かない範囲が出てくる。そして、成熟期には社長が不在でも機能する会社になっている。
肝心なのはこの3段階の壁を乗り越えるために、社長自らが自分の仕事を変えていかなければならないということだ。
幼年期は、通常社長1人で事業を立ち上げた場合、社長が1人で現場を走り回り、職人として働き続けることになる。その事業が順調に回り出すと、顧客も増えてとても1人では対応できなくなるので、従業員を雇い入れるようになる。この時期が青年期だ。
青年期になると社長はこれまでの職人的な仕事に振り回されていたことから、本来の「社長」としての仕事に変えていかなければならない。現場の仕事は従業員に権限移譲して任せ、社長としての仕事の割合を増やすのだ。
それが社長が職人として働き続けなければならない状態だと、やがて眼の届かない範囲が増え、トラブルにつながってくる。会社の成長もそこで終わる。
目先の仕事に追われていないか
一般にも「従業員数が10人の壁」という言葉がある。実際、国内の事業所を見ても、従業員数が10人未満の会社が全体の8割を占めている事実から、なかなか10人以上に拡大するのは難しそうだ。従業員数が10人未満とそれ以上とでは、組織の構造が大きく異なってくるのが原因といわれる。
つまり、10人未満の会社では「なべぶた型」といわれる社長1人が指揮を執る形がほとんどだが、10人以上になると中間管理職を置いた「ピラミッド型」への移行が求められるのだ。当然のことながら社長業もその前後で大きく変わっていかねばならない。
「起業するならもっと数字で考えなきゃ!」(香川晋平著)に紹介されているコンサルタントの話によれば、「社員が数人程度の“生業”レベルの社長は、今月の成果のために現場の仕事に追われる。社員が5~10人の“家業”レベルの社長は、3か月先の成果のために、営業ツールの作成や人材教育などの仕事に取り組む。社員が30人以上になるような“企業”レベルの社長は、1年先の成果のために、人材採用や組織、仕組み化などの仕事に取り組む」。
さて、これを読んでいる経営者の方は、今どのレベルの仕事をしているだろうか。今月の仕事に追われているのか、3か月先の仕事か、1年先の仕事か。是非自問して欲しいと思うのだ。
組織の拡大に社長業を変化させる
たとえ毎日を忙しくしていても、社長が職人の仕事に追われているばかりではその会社が発展するわけがない。しかし、残念ながらそんな社長は多い。税金の申告書を作り続ける会計事務所の所長、お客の注文取りに忙しいレストランの社長、旋盤に向かって部品加工を続ける工場の社長など。職人の仕事に追われて社長業が務まらないようであれば、やはり従業員を雇わなければならない。その余裕がないというのであれば、社長業の時間を何とか捻出するまでだ。
そんなことは分かっていてもできないのは、従業員に仕事を任せないからだ。その理由も大体決まっている。「従業員に任せると売り上げが落ちる」、「仕事の質が落ちる」、「クレームになる」、「客から直接社長に指名がくる」…。つまり、従業員の能力が現時点で社長の能力に及ばないため、社長が現場からいつまでも離れることができないでいるのだ。
しかし、これは少し考えると分かることだが、従業員の能力が社長より劣ること自体、当たり前のことと考えなければならない。それを教育したり、仕組みを工夫したりすることこそが求められるのだ。職人の仕事も複数の工程に分解すれば、単純な作業になり若手でも習熟できる。そのための手間は必須だ。