【目次】
お客様とは対等の立場で
昔は技術者に多いと言われたが、業種を問わず自分の思い通りに仕事ができれば良いと考える人たちがいる。「芸術家タイプ」と私は呼んでいるが、それで売り上げも上がり儲かっているなら何の問題もないが、そんなに世の中甘くはない。「お客様は神様」とまでは言い過ぎにしても、提供する側とお客様とは対等の立場にあるというのが今の世の中だ。
私の家の近所に、夫婦で営業している床屋がある。真新しい家の1階で営業を始めたころ、試しに行ってみたことがある。まだ若い夫婦だった。店はすいていて、すぐに鏡の前の椅子に座り、「髪型はどうしますか」と聞いてきた。私は「短めに裾はバリカンで刈ってください」というと、夫の方が「いや、その髪型だと裾はこうでなければいけません」という。
それぞれのこだわりをどう伝えるか
私はあまり髪型にこだわらない方なので、それでもいいかと思いながら任せていたが、その後も夫はほとんど無口で、何だか無理やりに刈られているような感じがした。私だけにそうなのかと思ってもみたが、どうもそうでもなさそうだ。結局、それからも二度ほど行っただけで、その後は自然と他の店に行くようになった。
私がその間思っていたのは、一時テレビ番組などで話題になっていた飲食店に「こだわりの親父さん」がいて、自分の想いに合わないと客に対しても容赦なく怒鳴り散らしている姿だった。客はそれを面白がっている様子だったが、その後その店はどうなったのか。結局、近所の床屋の方も、段々値下げをしている様子から、客足はあまり良いのでないのだろう。
思い通りにすることが良いことなのではない
モノを作る人間は唯我独尊に陥り勝ちとよく言われたが、決してそれはモノを作る人間だけのことではない。商品を売る方にも、サービスを提供する方にも顧客が見えていないというか、見ていなかったり、そもそも見ようとしていない例は多い。
星野リゾート代表の星野佳路氏は「私たち日本人は顧客のニーズを聞こうと思っておもてなしの文化を発展させていたわけではなくて、『今日はこれを食べてください』『これを楽しんでください』と提案する。いわば主客対等の世界です」と話している。顧客を見ていない人たちは、それをどこかで自分の思い通りにすることが良いことだと勘違いしているのではないだろうか。
小手先でない伝え方を
技術であれ、商品であれ、サービスであれ、要は相手にその思いが伝わらなければ何にもならない。そういう意味で、伝え方についてはもっと工夫をする必要があるのではないだろうか。先の床屋にしても、髪型に対するこだわりがあるのなら、そのこだわりの説明をできるだけ丁寧に行うことが必要だろう。
自分のやりたいようにやってそれで商売がうまく行くのなら、それ程幸せなことはない。自分の想いがあることは決して悪いことでなない。本当にそれが顧客のためになっているのか、その伝え方が拙いと無用な誤解や軋轢を生むことになる。小手先ではない伝え方が今、求められているように思う。